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おはなし

意識せずに自然と、親から受けた傷を繰り返し求めてしまう心

2016年7月9日 投稿者:小松医院

今日は、幼少期に受けた傷が無意識の中で人の人生を支配しかねない例についてお話したいと思います。

20代の若い女性の話です。
付き合っている恋人に異常な束縛を受け、彼と別れたいけれど別れられないと話す彼女。
私は尋ねました。
「拘束されるのがとても辛いんだね。あなたは兄弟の何番目?」
彼女は答えます。
「四人兄弟の一番上、長女です。」

私はしばし考え、話をきり出しました。
「小さい頃、ご両親に束縛や干渉を受けて拘束されたような、そんな記憶はありませんか?」

彼女は少し驚いた表情を浮かべ頷いて答えました。
「・・・はい。はい、そうなんです。

子どもの頃からずっと習い事、勉強と、期待されて言われるがまま頑張ってきました。」

更に私は続けました。
「でも、評価を受けるのはいつも弟さんたちで、あなたはその頑張りを正当に評価されなかったと思いませんか?」

彼女の眼に涙が浮かぶのをみながら、私は彼女の幼少期からの傷と、

恋人との関係に、ある見解を見出しました。

彼女は続けました。
「ずっと、お姉ちゃんなんだから、と頑張りも何もかも当然のように思われて・・・

家に拘束されて辛かった・・・
だから、一緒にいてくれる人を探してやっと家から解放されて同棲をはじめたのに、

その人にも干渉されて束縛されて拘束されて、奴隷みたいに・・・・もうどうしたらよいか・・・」

人間は不思議なもので、幼少期から拘束され傷ついた経験を持つと、

拘束されるのを嫌がりながらも、無意識下で拘束されたがってしまう、拘束する人との関わりを選んでしまう傾向があります。

アルコール依存症の父親を持ち辛い幼少期を過ごした子どもは、

絶対に父のような人と結婚しない、または父のようにだけはなりたくない、そう思います。
しかし、実際、その傷が深い人であるほど、あれほど忌み嫌ったアルコール依存症の人を伴侶としてしまったり、自らがまたお酒に溺れてしまったりするのです。

別の健全そうな人を選んでも、なぜか程なくその人もアルコール依存症だったことに気づくという例が多いのです。

幼少期に受けた傷は、苦しみながらも何故かそれを求めてしまう、

そんな呪縛を作り、不幸なことにその連鎖が連綿と続くことがかなりの割合で起こります。

その傷を癒し、負の連鎖を断ち切るには長い時間とよき理解者、治療者を必要とし、無意識下の感情や傷との対峙が必要となります。
そんな人々との縁の中で、私が日々感じ考えたことを徒然に綴っていきたいと思います。

子どもを責めない パート2

2016年6月15日 投稿者:小松医院

T君の家庭は、お祖父ちゃんとおばあちゃん、お母さんとお父さん、16歳で高校生のお兄さんとT君の6人家族です。お兄さんには不登校その他の問題はなかったということです。お母さんは働いていましたが、来院1カ月前に仕事をやめたそうです。お母さんによると、共働きが長く続いたため、子育ては祖父母にまかせっきりだったそうです。お兄さんは主におばあちゃんが世話をしてくれていましたが、T君はおじいちゃんが面倒を見てくれていました。社交的で、お兄ちゃんを連れて歩いて外出することが多かったおばあちゃんに比べ、おじいちゃんは外出することも少なく、またお母さんは休みの日もお兄ちゃんの部活の応援で忙しく、T君にはあまり目が向かなかったそうです。

                                                                   山形県 山形市 長町 心療内科 小松医院

子どもを責めない パート1

2016年6月1日 投稿者:小松医院

今回からは、2つの不登校のお子さんの症例についてお話させていただきたいと思います。
 小学校6年生のT君が、「学校に行けない」と40代のお母さんに付き添われてやってきました。他の病院に通っていましたが、なかなか治らないということです。
 スポーツ少年団に入ったのですが、練習に行こうとするとドキドキし、息が苦しく、過呼吸になってしまいます。そうするうちに、今度は学校にまで行けなくなってしまいました。T君は、「学校に行こうとすると下痢になる、夜眠れない」と訴えます。

                                                                   山形県 山形市 長町 心療内科 小松医院

徹底的に患者の話を聞く(症例=不安神経症) パート10

2016年5月18日 投稿者:小松医院

今回で「徹底的に患者さんの話を聞く」は最後になります。

不思議なことに、そんなことはあってから、母親の病室に普通にいけるようになった、その次のカウンセリングの時にYさんは晴れ晴れとした表情で私に言ってくれました。「心の底から笑えるようになりました」と目を輝かせながら話をしてくれたのです。
 Yさんの例は、対話によって子どもの時の無意識の抑圧をはっきり意識することにより、不安の症状が治まったという例です。
 説教や説得、自分自身で原因を探る、などのやり方では、Yさんのような患者さんはなかなか治りません。カウンセラーが患者さんに協力して、何度も何度もカウンセリングし、長い時間をかけて押さえつけられている感情を探し出し、無意識の気持ちをはっきりと意識してもらうことが大切なのです。
 もちろん、カウンセラーは専門家でなければならないのですが、こちらからあまり意見を言わず、徹底的に患者さんの話を聞き、共感できるところではうなずき、というくらいに抑えて、どこまでも患者さんに向き合っていくことが大切だと、私は考えます。

補足:なぜ病院に向かう途中で不安発作が襲ってきて、どうしても病室に行けなかったのでしょうか。
→幼少時、兄弟間で差別され、母親からあまり愛してもらえなかった(受け入れてもらえなかった)ことで、心の中に母親に対する怒りの感情があるのですが、それを意識することは辛いため、無意識の中に自分の感情を抑圧してしまうのです。その代償として、怒りの感情が転化して不安発作となってあらわれます。

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徹底的に患者の話を聞く(症例=不安神経症) パート9

2016年5月6日 投稿者:小松医院

Yさんは、カウンセリングを受けている初めのうちの何回かは、自分と兄、妹との間に差別があったとは気づいていませんでした。しかし、私に繰り返し家族の話をするうちに、お母さんが自分のきょうだいとの間に微妙な差別を作っていたこと、その差別のために自分がお母さんへの感情を押し殺してしまうようになっていたことに気づいたのです。
 「先生、僕、お母さんにとって兄ちゃんや妹ほど大切じゃなかったみたいだ」というYさんに、それまでうなずいたり、相槌を打つ程度でただただ聞き役に徹していた私は、「辛い思いをしたんだねぇ」と一言つぶやくと、Yさんの心のカギが外れました。
 自分の直面する現実と、抑圧された無意識下の感情が葛藤し、差別されていた自分の姿に気づいた結果、Yさんに怒りと悲しみの感情がこみ上げてきました。そしてYさんはその日、私の前で30分以上も泣き続けたのです。

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徹底的に患者の話を聞く(症例=不安神経症) パート8

2016年4月20日 投稿者:小松医院

おばあちゃんとお母さんの間に微妙な対立があり、また、おばあちゃんはYさんにとってあくまで代理の母親であることを考えてみれば、Yさんの子ども時代が孤独で寂しいものであったことは推測できます。
 古風というべきか常識というべきか、とにかくおばあちゃんにもお母さんにも長男は跡継ぎという考えがあり、そのためお兄さんには特別に大事に思う気持ちが働き、妹さんの時は、両親ともに働いていましたが、二人とも仕事から帰ると少しでも時間はある限り、妹さんを抱っこしたりしてものすごく可愛がったそうです。年の離れた末っ子で唯一の女の子ということであれば、Yさんのご両親ならずとも無理からぬところです。

                                                                  山形県 山形市 長町 心療内科 小松医院

徹底的に患者の話を聞く(症例=不安神経症) パート7

2016年4月6日 投稿者:小松医院

初めての子どもであるお兄さんと、末っ子で甘えん坊の妹さんには、お母さんはごく普通に愛情をたっぷりの接し方ができました。しかし、真ん中のYさんだけは、お父さんとお母さんが共働きで忙しい時期だったこともあり、お母さんと接する時間も短ければスキンシップも薄く、その微妙な違いから、Yさんはお母さんにうまく甘えられない子どもに育ってしまったのです。
 また、「おばあちゃんが厳しかった」と涙を流すところから、実はYさんはおばあちゃんに対しても遠慮する気持ちを持っていたことが分かります。

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徹底的に患者の話を聞く(症例=不安神経症) パート8

2016年3月23日 投稿者:小松医院

おばあちゃんとお母さんの間に微妙な対立があり、また、おばあちゃんはYさんにとってあくまで代理の母親であることを考えてみれば、Yさんの子ども時代が孤独で寂しいものであったことは推測できます。
 古風というべきか常識というべきか、とにかくおばあちゃんにもお母さんにも長男は跡継ぎという考えがあり、そのためお兄さんには特別に大事に思う気持ちが働き、妹さんの時は、両親ともに働いていましたが、二人とも仕事から帰ると少しでも時間はある限り、妹さんを抱っこしたりしてものすごく可愛がったそうです。年の離れた末っ子で唯一の女の子ということであれば、Yさんのご両親ならずとも無理からぬところです。

                                                                  山形県 山形市 長町 心療内科 小松医院

徹底的に患者の話を聞く(症例=不安神経症) パート6

2016年3月9日 投稿者:小松医院

昔から妹さんがどんなことでもお母さんに話をしたり甘えたりできるのに、Yさんにはお母さんとの間にぼんやりした壁のようなものが感じられ、また母親にどうしても遠慮してしまう自分がいて、話したり甘えたりすることができない、子どもの頃からそれが辛かったと、Yさんは泣きながら話してくれたのです。
もちろん、Yさんのお母さんには3人の子どもを差別して育てたという気持ちはまったくないはずです。しかし、無意識のうちに差別してしまう、生まれた順序などによって、母親の子どもたちに対する接し方が変わってしまう、ということが人間にはあるのです。
私を相手に子ども時代の話を語り続けているうちに、Yさん自身がそのことに気づき始めました。

                                                                山形県 山形市 長町 心療内科 小松医院

徹底的に患者の話を聞く(症例=不安神経症) パート5

2016年2月24日 投稿者:小松医院

こうしているうちに、Yさんのお母さんが病気になって長期入院することになりました。
 入院している間、Yさんの妹さんは一生懸命お母さんの看病をしているのに、Yさん本人はどうしてもお母さんのお見舞いができませんでした。「僕は本当に良くない、いや悪い人間です」とまたポロポロ涙を流します。気持ちのうえではお母さんを看病しなければと思い、実際に何度も病院に行こうとしたそうですが、病院に向かう途中で不安が襲ってきて、どうしても病室まではたどり着けなかったそうです。

                                                                   山形県 山形市 長町 心療内科 小松医院

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